15分文学@AKAI

今考えてることと、15分で書いた文章を時時載せてます、それからあとは心の声だだもれ日記

15分文学 「月」

 

「月が、とっても綺麗だったらしいんです。私が生まれた夜」


ガヤガヤとした居酒屋。

年に一度の会社の大宴会。


特に参加したい訳でもなかったけど、一年の節目だし、たまには人の近くで飲もうかなと思った。


から。

そんな理由で来た。

 


先月の移動で入ってきたその子は当たり前のよう僕の横に来て、気がついたらビールを注いでいた。

 

 


「あの。僕はいいですよ、他のもっと、何ていうか、偉い人に入れてあげて」

 

 


慌ててそう言うと、

 

 

「菅野さんも十分偉い人です。私からすれば」

と言われた。

 

 

そっか、と思った。

 

 


学生アルバイトとして入ったこの会社はいわゆるIT業界で、忙しい上に、残業も多かった。

 

 


同世代はたくさんいたけど、矢継ぎ早にやめていき、気付けば僕は多少偉いポジションになっていた。

 

 

「でも、本当に、僕はいいんです。人と話すのは、苦手なので」

 

 


ついつい本音が出る。


「そんなこと言われると、逆に困っちゃいます」

 


そう言って彼女は、トスンと座った。

 

 


そうか、困るのかと思い、僕は黙っていた。

 

 


困られるのは、苦手だ。
僕の方がよほど困る、といつも思う。

 

 

 

そして僕が黙っていれば、大抵いつも相手が勝手に解決してくれるから、余計に黙る。

 

 

そんな自分をズルいなとおもって、別の理由で僕はまた、困る。

 

 


そんなことの繰り返しだから、いつもは一人で飲むのだ。

 

自分一人で手一杯で、他者を入れる余裕がない。

 

 

 


那覇の病院で生まれたんです。それで月が綺麗だったから。那月。」

 

「‥‥え?」

 

 

 


そんなポトリと隔離された僕と世の中の間に急に入ってきた彼女に、パコンと殴られたような気分だった。

 


そんな僕をよそに彼女は、ふふふと笑う。

 

 

 

「由来を一緒に聞くと、名前って忘れないんですって。菅野さん、知ってましたか」

 

 

ブンブンブンと首を振る僕の横で、彼女は続けた。

 

「今夜、満月なんですよ。とっても綺麗で。こんな夜は、自分の生まれた日の月ってこんな感じだったのかななんて想像したりするんですけど。でも実際は、満月なんかじゃなくて、三日月だったんですって。」

 

ちょっとがっかりしたんです、初めてそれ聞いた時。

 

そう言ってまた彼女は、ふふふと笑った。

 

 


そして僕はただただ、ほうほうほうとうなづきながら、どこかでカシャン、とエンターが押される音を聞いた。

 


そんなこと、26年生きてきて初めてだった。

 


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15分文学 テーマ「月」
2018.2.22