15分文学「水筒」
それは夏のとっても暑い日だった。
運動会の練習の真っ只中で、みんなグランドで汗を流していた。
右に直角に曲がる練習や、みんな揃ってハイ!っていう練習は少しも楽しくなくて、
早く家に帰ってアイス食べたい、と僕は思っていた。
ちょっとだけ気分が悪くなった、と先生に言うと、
「保健室に行っておいで」と背中を押された。
ガラガラガタンと大きな音がするから、保健室のドアは嫌いだ。
「大したことないなら、来ちゃダメだぞ」って言われている気がするから。
今日もガラガラガタンと僕を非難するみたいにドアが開くと、
「どうしたの?」中から天使みたいな雪先生が声をかけてきた。
僕はそれだけでちょっとドキドキして、
「ちょっと気分が悪くなった」やっとこさそういった。
「入っておいで」
そう言われて、トコトコ入り、ストンといつものソファに座った。
「お腹は痛い?頭は?朝ごはん食べた?」
僕は順に首を振り、最後の質問だけうなづいた。
「偉いね、約束守っている」
このあいだここに座ってた時は、朝ごはんを食べていなかった。
「ちゃんと食べてくるんだよ、今度は」と約束した。
「今日だけ特別ね、これを飲ませてあげる。」
あの日お腹が空いて気分が悪かった僕に雪先生はそういって、
クリーム色の水筒を差し出した。
「熱いから、気をつけてね」
お茶??と思って飲んだ僕は、中からトロっと濃厚なコーンスープが
出てきて、目が丸くなった。
「元気になった?」
大きくうなづいた僕を見て、「内緒ね」雪先生はそう言って、ふふふと笑った。
すぐにでも誰かに言ってしまいたかったけど、
言ってしまったらもう二度とあれは起こらない気がして
誰にも言えなかった。
「ちょっと寝ていっていいよ。外がきっと、暑すぎたんだね」
そういって雪先生先生カーテンをシャーと引くと、勢いで隣のカーテンに座っている
男の子が見えた。
僕よりずーっと小さくて、クリーム色の水筒を両手で握りしめて、
ベッドに座っていた。
僕と目があうと、慌てて目をそらし、水筒を後ろ手に回した。
僕は黙って、こっくりと頷いた。
そうするとその子は僕を不思議そうに見た。
「雪先生、僕大丈夫だよ。なんだか元気になった」
雪先生に声をかける。
「そう?大丈夫?」
「…またいつでもおいでね」
なにも聞かずにそう言った雪先生は静かに、二つ分のカーテンをきちんと元に戻した。
僕はガラガラガタンとドアを閉じて、また暑い運動場に戻る。
あの味はきっと、一人で楽しみたいものだから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
15分文学
2017.7.24 テーマ「水筒」