15分文学@AKAI

今考えてることと、15分で書いた文章を時時載せてます、それからあとは心の声だだもれ日記

米軍基地関係者による沖縄の女性殺害事件で考えていること

こんにちは!アカイです!今ここ沖縄では、ある事件を機に、色んな 意見が飛び交っています。それで、アカイも書くか書かないかものすごい悩んだけど、本土でどれだけ報道されているか分からないし、ちょっとでも多くの人が何か考えてくれたらいいなーと思って、書くことにしました。


今月起きた、とっても悲しい事件。
ほんとにやりきれない。
 
今までに幾度となく起きている米軍基地関係者による事件。
どの事件もやりきれなくて、どの事件も悲しい。
 
でもこれを機に今沖縄で、「またアメリカーか!また基地関係者か!」っていう熱が上がっているのがとってもとっても気になる。
 
 
悲しい事件を「使って」、別の問題を解決させる「手段」にしてないかなって気になる。
 
沖縄にいるアメリカ国籍の人たちには軍関係者が多いのは事実だけど、もちろん勉強するために留学しにきてたり、人生経験の1つとして普通に働いて(基地の外で)いる人もたくさんいる。
 
ここ最近アカイは、英語に関わる仕事と趣味が増えました。よって自動的に、大切だなーと思うヒトモノコトに、アメリカ国籍の人たちも増えました。基地の中の知り合いも増えました。
 
その人たちの中には、自分たちが基地によって持たされているマイナスなイメージを払拭しようと、頑張っている人もいるし
 
少しでも沖縄の教育や経済や環境やその他のことに、貢献できればと頑張っている人たちもいる。
 
そして、日本人だって外国人だって、アースホールからものすごく素敵な人まで、色んな人がいる。それはどこの国籍でも同じだと思う。
 
でもみんなそれを忘れて、アカイの大切な人たちが、全部引っくるめられて、「No!!!」と言われているのを見ると、やりきれない。
 
 
「こんな事件が2度と起きないように抗議しよう」
「もう軍人は基地の外に出すな」
「てかそもそも基地があるからいけないんだ!」
辺野古への移動なんてもっての他だー!」
 
 
……。
女の子の話、どこいったよ。
 
 
そうやって変な風に煽られるのを、女の子が、女の子の家族が、望んでるわけじゃないと思うんだけどな。
 
 
1つの命が亡くなってしまっただけでも悲しいことなのに、そこにそれ以上の別のものまで背負わせることないと思うんだけどな。
 
 
基地反対と言うのと、アメリカ人をむやみに責めるのって、違う話のはず。
 
事件が起きた理由の1つを絶やそうとするのは大切だけど、怒りを違う方向に飛び火させるのはちがうんじゃないかな。
 
怒りという感情は、その気持ちを誰かに向けている方も、向けられている方も、何かしら傷ついていると思うから
 
必要以上にそんなことしないでおこうよ、と思うのです。
そんなことしなくても、十分悲しい事件なんだから。
 
 
 
これが例えば、どこか他の国から来た観光客が犯人だったら、沖縄にもうその国の観光客よぶなって話になるのかっていわれたら、たぶんそれはならない。
 
 
アカイは辺野古の移設には反対です。経済やら政治やら歴史やらのしがらみ抜きにして、フツーに考えて、「アレ返すからコレちょーだい」って変だなって、思うから。
 
あと、自分たちの県の中にフツーにフェンスが建てられていて、特別な許可証がないとそこに入れないっていうのも、「?」って感じ。中からは好きに出てこれるのに。
 
だから基地があることにも反対だけど、それって「いまここにいる軍人たち」のせいじゃないし、「いまここにいるアメリカ人」のせいじゃない。
 
人は何か悪いこととか嫌なものがあると、そのことを攻める対象を作ろうとする。攻めることができるとすこし楽だし、何も攻められないことって、とっても苦しい。特にこんな悲しい事件だと。
 
でもやっばりいつだって、怒りという感情は、気持ちを向けている方も向けられている方も、何かしら傷ついていると思うから
 
必要以上にそんなことしないでおこうよ、とまた思うのです。
 
そういう気持ちを向けあう前に、女の子の魂が早く落ち着くようにみんなで祈ろうよと、と思うのです。
 
本当に、、彼女の魂がすこしでも早く安らかに眠れますように。
 
アカイ