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Now I'm thinking about

心の声だだもれ日記

学校と子供と親と教師と

へい!アカイです。先日、某ファーストフード店でのヒトコマ。お隣はどうやらママ会らしい。かなり盛り上がっていたから、色々聞こえた。

「この間宿題をやってこないからっていって、担任の先生から電話があったのよ。もう1週間以上もやってこないからって。普通それくらいで電話してくる?」

「ああ、うちも時々あるよ。忘れ物がかなり多いので、一緒に確認してあげてくださいって。確認って言われてもねえ。」

「私たち小さいとき、親に電話ってされた?私たちが覚えていないだけ?」

「いやー、そんなよっぽどのことでもない限り、電話なんてされなかったと思うよ」

「学校内で解決できることは、解決してほしいねえ。忘れ物とか、宿題くらいで電話って、なんだかねえ」

「ほんとねえ。」

こんな感じ。もっと色々言っていたけれど。これを聞いて、なんだかアカイはとても悲しくなった。このお母さんたちは、学校で毎日自分の子供たちと先生の間でどんなことが起きていて、どんな会話があるか、どれくらい知っているのだろう。忘れ物があったら参加できない授業があったり、他の子供にも迷惑をかけることがあることを、ちゃんと知っているのかな。宿題をしてこないことで、他の子に比べて学ぶ機会を逃してしまっていることを、ちゃんと分かっているのかな。学校内で解決できるようにあれこれやってもどうにもならないから、もしくは本人のそんな状況をきちんとお母さんたちにも知って欲しくて、先生たちが電話してきているのだと考えないのかな。

学校って、今はとても世間から叩かれやすいイメージ。どこかで不祥事があれば、「ほらこれだから教師は」と言われ、何か事件があれば「学校は今まで何をしていたのか」と言われる。一理あるかもしれないけど、きっとそれがすべてじゃないと思う。人間は、何かあったときに責める対象があれば、責めてしまうのだと思う。責める対象があるのは楽だし、何のせいにもできないことはつらい。でも実際に叩かれるように、現場の学校の先生たちが、楽をしているのかというと、絶対にそうじゃないと思う。学校現場は毎日戦いの連続。次から次へと起きる小さな事件に心と体を割いて対応して、「学力向上」の四字熟語と文字通りと戦いながら子どもの話も聞いて、一人一人の変化には敏感に反応できるようにしつつ、行事の準備をしながら自分の研究の準備もして、民間と同じように人事評価もあって、国が方針を変えたら現場にどどっとしわ寄せがきて、そうやって毎日ギリギリだけど先生という仕事が好きだから、何とかやっている。そういう先生がたくさんいると思う。そしてそういう先生ほど、親とも連携をとろうとするのだと思う。時代が変われば環境が変わるから、環境が変われば子どもも変わる。どうか自分のころの時代と比較せずに、今の状況を見てほしいなと思う。

学校を特別に見てほしいとかそういうことでは全くなくて、ただ、子供を見るという職業だから、親とも連携することが必要な場面が多々あると思う。そして、その目的は、子供が良い方向に進んでほしい、それだけだと思う。だから連絡も来るし、だから連携も必要。なのでどうか、世間のお母さんお父さんたち、先生たちと一緒になって、子供を育てていくという目的を達成するために、色々協力しあえればなと思う。どっちの仕事だとか押し付けあわず、親も教師も尊敬しあって、連携をとっていければな。と、思った。でもそれって、どんなところでも一緒だと思うのだ。衝突しているところほど、自分のことだけを第一に考えていることは多い。どんなことでも、自分がいたら相手がいる。どっちのことも考えていければ、大人の世界でも子供の世界でも、きっとうまくいく。そんなことを思ったのでした。おわり