15分文学とNow I'm thinking about...

15分で書いた文章を時時載せてます、それからあとは心の声だだもれ日記

日本人が英語を話すことが苦手になってしまう理由

久しぶりになってしまった。反省。ども、アカイです!

先日ちょっと話題になった、ロナウド選手にインタビューする日本人の少年のお話でのWhat I feel。この話題はざっくり説明すると、ロナウド選手に日本の少年がポルトガル語で一生懸命インタビューするんだけど、その途中会場に笑いが起きる。そうするとロナウド選手が、「どうして笑うんだ?彼のポルトガル語はうまいじゃないか」と会場に向かっていう。で、この一連のシチュエーションに関してネット上でいろんな意見が出た、というもの。

http://mynews14.net/topics/ronaldo-answers-japanese-kids-question/

ここで個人的に、うーん。と思ったこと。まず、会場に笑いが起きた理由についていろんな意見があった。つたないポルトガル語に笑いが起きたけど、それは少年をバカにしたのではなく一生懸命な姿がほほえましかったからだ。とか。でもそれは少年を傷つけたはずだから、理由はどうあれ笑うべきではなかった。とか、ここで笑った日本人が恥ずかしいとか、ビシっと言ったロナウドが格好いい、など。個人的にはちょっとだけ違うことを思った。日本人が母国語以外(特に英語)を話すことが苦手なのは、この「変な笑いの文化」があるからだ!と。

日本では、「一所懸命であればあるだけ見ていておもしろい」という変な笑いの文化があると思う。お笑い番組はそれが顕著だ。芸人は与えられたお題をああだこうだと色んな風に工夫して一所懸命やっているのだけど、それをモニターごしに見ている側は「あいつあんなに必死になってる、おもしろい」と笑う。一所懸命走る練習をしている芸人がいて、その人のフォームがめちゃくちゃ変なフォームだったとする。本人は必死だけど、周りはそれを見ておもしろいなと笑う。そんな笑いはあたりまえに、私たちの日常の中にある。バカにした笑いでも、ほほえましい笑いでも、笑われた方には関係ない。笑われた、という事実だけが残る。日本では、ルー大柴さんはじめ、ネイティブの発音ができていなかったり、変な風に日本語と英語を組み合わせていたり、あきらかに間違った文法を使って英語を話たりすると、それは笑いにつながる。「それ間違ってるぜー」とか、「あら、頑張って話そうとしているわねえ、すごい」とか、そんな風に理由はそれぞれだけど、笑いにつながる。せっかく勇気を出して口に出した言葉についてもしも笑われたら、どんな風に思うかは想像にたやすい。いいのに、間違っていても。つたわれば、それでいいのに!間違うのを恐れて、笑われるのを恐れて、口を閉じてしまうことほどもったいないことはないのに!でも、笑いの文化として国にそれが根付いている以上は、変えることはなかなか難しいから、なんだか悔しい。と、伝わればよし!という精神を大切にして英語を教えている身としては思うのです。

ちなみにアカイの経験としては、海外にいたとき、英語ができなくて最初は一人で肉も買えなかった。ベーコンが欲しかったんだけど、計り売りだったから、なんて言っていいのかわからなくて。他の人がなんて言っているのか観察して、あっているかも分からないなんちゃってな英語でやっとベーコン売り場のお姉さんに話しかけたとき、彼女は1ミリも笑わずに「ベーコン2ドル分ね。Thank you」と接客してくれた。バスの乗り方がわからなくて、いつお金を払うのかドライバーに(ほぼジェスチャーで)聞いたときも、「今だよ、今。乗るときね」と1ミリも笑わずに教えてくれた。めちゃくちゃであっても、現地の人に英語で話かけて笑われたことは、一回もなかったと思う。そんな風な環境があれば、どんどん英語を使う。どんどん覚えるし、どんどんできるようになる。だって、自分の向上を邪魔する周りの要素がないから。素晴らしいなって、思う。日本もこの笑いの文化がなかったら、ちょっと違っていたんじゃないかな、とも思う。

なんてことをふらふらっと考えたのだ。英語を頑張っている人は、たくさんいると思う。単語力やリーディングやスピーキング、悩みの点はそれぞれ違うと思うけど、アカイが伝えたいことはひとつ。コミュニケーションなら、伝わればそれでいいんです!どうか、周りの笑いに負けずに、力抜いていこう。ちょっと熱くなってしまた。以上なり。