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Now I'm thinking about

心の声だだもれ日記

将来の夢はなに?と問われること

 

what's up? アカイです、こんばんは。

 

今日は沖縄では入学式を迎える小中高がたくさん。小学校の入学式なんて、もう20年くらい前の話なので記憶があるといっても断片的ですが、不安でいっぱいだったな。

 

担任の先生がことあるごとに言う、「正座」というかけ声。私の通っていたカトリック系の幼稚園での正座とは、両足を折り曲げて床に座り両手をひざの上において目をつぶる状態だった(これをひざまづきというのは沖縄だけ?)ので、先生はなんで今椅子に座っているのにまたこの上に正座させるんだろうと思いながら椅子の上で私の知っている正座をしていて。結局先生の意図していた正座は、椅子に普通に座った状態で背筋を伸ばして両手を膝の上におくことだったのだけど、私以外の子はほとんどみんな普通にできてきて、はじめて会った隣の子に「まちがってるー」と指摘されて、死ぬほど恥ずかしかった。(同じカトリックからきている子はクラスに私一人だった。超マイノリティ。)

 

そんな座り方一つで大きく戸惑うくらいの年齢の時から、私たちがよく聞かれてきたことの一つ。「大きくなったら何になりたい?」「将来の夢はなに?」

特に、卒業式や入学式、誕生日など節目の日にはよく聞かれる。時には大勢の人の前で発表しないといけないこともある。あらめて考えると、ものすごい質問だなーと思うのです。今同じ質問をされたオーバー20の成人が、どれだけこたえられるでしょうか。ううーん考えたくない。。そもそも、大きくなったらってどれくらい?何歳くらいから?そもそも夢ってなに?パンやさんです、とか宇宙飛行士です、とか言えば、おおーって喜ぶのはそれを問いかけた大人だけな気がする。「まだ分からない」と言えば、ほら何かあるでしょうといわれ、あれはどう?これはどう?こういうのなんかいいんじゃない?と勧められた末に選んだ「じゃあ、先生になる」というと「さすがね~将来楽しみだね」なんてやりとりが交わされる。その夢は、もはや夢なのか。いやきっともう本末転倒の気しかしない。

そんなこんなやりとりは節目に幾度となくあり、中学3年で高校を選ぶとき、高3で進学するか就職するかを決めるときなど、大きな顔をして必ずまたあらわれる。夢はきっと、ある程度の希望とわくわくを伴って、自分の可能性を広げるはずのものなのに、手持ちのカードの中から答えが探せないときはこんなに追いつめてくるものかと、ぐぐぐ。。となったなーと振り返り振り返り。

 

夕方のスーパーで、「卒業式のときは言えなかったけど、今日はちゃんと消防士になりたいって言えたからハンバーグにしようね~」と買い物をしていた式典帰り風の親子を横目に、何になりたいかを問うより、なれるものがこんなにたくさんあるということを大事にしたいと思うそんな夜にだ。